大学生

2025年 10月号

 十数年前、H教授の知己を得て、今年もAG大学法学部で講義する機会を得た。
 「現代社会と犯罪」というカテゴリーの中で、私のテーマは「交通安全の価値を考える」、その骨子は次のとおりである。
 ① 交通事故とは、人がぶつかる運転をした結果にすぎない
 ② 安全運転が難しいのは、自己過信(私は大丈夫)のため
 ③ 交通事故を減らすために必要なものは、「知識」ではなく「意識」
 ④ 安全運転を行う理由は、死亡事故が多いからではなく、防ぐことができるから
 ⑤ 安全運転とは、人として誠実であること

 数日後、受講生のリアクションペーパーが届いた。私の講義を受けて考えたことが、それぞれ記されている。H教授からの贈り物、私の宝物である。
 せっかくなので、大学生の敏感なコメントをお伝えしよう。
 ◎ 安全運転とは
・ 他者の命を尊敬する心のあり方
  ・ 社会に対する責任意識
・ 目的達成のための手段ではなく、すべての原点
・ 義務ではなく、自他の命を守る責任ある選択
 ◎ 交通ルールとは
・ 罰則があるから守るのではなく、私たちを守るために守るべきもの
・ 「守らなければならない決まり」ではなく、「みんなが安心して生活するための約束」
 ◎ 安全のために必要なもの
・ 相手を思う心、他者を思いやる意識
・ 人を守るという価値観に基づいた行動
 ◎ 将来のために
・ 死亡事故の減少を考えるのではなく、死亡事故のない未来を考える
・ 今の私たちの意識と行動が未来社会の事故をゼロにする
・ 安全運転という自分の意識・行動が社会を変えていく力になる
 ……。それぞれ、その言葉は新鮮であり、感動的である。

 さて、交通事故発生率の高い年齢層とは、高齢者ではなく、圧倒的に若者である。85歳以上の高齢者よりも、20~24歳の若者の事故率が高いという現実を軽視してはいけない。
  ※ 2024年中の免許人口10万人当たりの交通事故件数
    20~24歳=551.0
    ⇒ 70~75歳=329.6  85歳以上=496.1
 若者は、人生の時間、その長さを知らないために先を急ぐ。
 人生は長い、そして大半の失敗はやり直すことができる。しかし、起こしてしまった交通事故は、なかったことにできない。死亡事故の加害者となって失った人生は、取り戻すことができない。
 私たちにできることとは、安全運転によって交通事故を防ぎ続けることだ……と伝えた。
 
 「最近の若者は……」という批判は、5千年前のエジプトの壁画に記され、古代ギリシャの哲学者プラトンも語ったとされている。
 しかし、そんな若者である大学生のコメントを読みながら、私は感動する。
 そこに若い新鮮な感覚と、思慮深い現代の若者の実像があり、それは、将来の交通環境に向けた、十分な期待を抱かせてくれるものだからである。