久しぶりに会った女性税務官Yさんの第一声は「プランドハップンスタンス理論って、知ってる?」だった。Yさんとは10年ほど前にお話する機会があり、組織管理の在り方、人事管理、特に女性の働き方について率直な意見を交わし、意気投合した。
その翌年に定年退職して安全運転管理の仕事を預かった私は、様々な会社・事業所から講話の機会をいただくようになり、先日は国税局で交通講話を行った。そして、その会場にYさんがいたのだ。
講話後、久しぶりに少し話でもしましょうと椅子に座ったとたん「ねぇ、プランドハップンスタンス理論って、知ってる?」と質問された。突然で何もわからない私は「ブランドのハンドバッグの理論か?」と返して笑いを得た。
Yさんは、女性の働き方について勉強を重ね、資格を身につける過程でこの考え方を知ったとのこと。
「プランドハップンスタンス理論」は、「計画的偶発性理論」、「計画された偶発性理論」と訳されているが、私の理解では「偶然を管理する理論」ということになる。
私たちの人生は、どれほど自分の意思と行動を管理したとしても、それは計画的ではあり得ず、ほとんどが偶然の繰り返しと積み重ねによるものだ……、それがこの理論の基本的な考え方である。
そして、過去の経験や考えに固執するのでなく、もっと自由に自分の特性を活かす人生を送りなさい、と伝えている。つまり、子どもの時に「お医者さんになる」と親に答えたから、医者を目指さなければならない、5年間も電気技術の勉強をしたのだから電気技師の仕事に就かなければならない、など、そんな考え方は捨てなさいと教える。過去の5年間を無駄にしてはならないと固執することによって、将来の30年間を無駄にしてはいけない、そんな考え方、教えである。
確かに、自分の特性を知ることは簡単ではない。自分を活かす仕事は営業か企画かなど、実は誰もよくわかっていないのではないかと思う。
私も学生時代、就職先を選ぶに際し、自分の特性などまったくわからなかった。だから警察官になったのだと思う。警察官には実に多種多様な業務があり、幹部になりたければ試験に受かればいいし、実務家として腕を磨くことも自由で給料はほとんど変わらない。そのおかげで、私は自由に本気で仕事と向き合うことができた。
さて、私たちが身に付けている運転技術、その基礎となる安全意識、これも偶然の繰り返しと積み重ねの結果である。
自動車学校で指導・教育を受けるが、やはり子どもの頃から見てきた親の運転が自分の運転の基準になっている。会社に就職すると、安全運転管理者からの指導はあるものの、先輩たちの運転もほとんど同じであるため、これまでの運転行動を繰り返す。
しかし、それを安全運転とはいわない。安全運転ではないから、毎日多くの人が交通事故で傷付き、時に命を奪われるのだ。安全運転を行うためには、私たちがこれまで身に付けてきた安全意識を捨て、新しい本当の安全意識を身に付けなければならない。
そのためには、交通事故という現実と向き合い、深く考えるという、新たな偶然、その契機が必要である。
10年前にYさんとお会いし、本気で議論したことが記憶に残り、再会した。今年、再会して「プランドハップンスタンス理論」を教えられ、私はこうしてコラムに書いている。
私たちの偶然とは、人との出会いだけではない。誰かの言葉、そして私のコラムも、その可能性を秘めている。つまり、私のコラムが、誰かの偶然のひとつとなり、誰かの事故を防ぐきっかけになるかもしれないと、ほんの少しだけ、期待しているのです。