リスク・ホメオスタシス理論について考える

2018年 2月号

1 リスク・ホメオスタシス理論の概要
 リスク・ホメオスタシス理論とは、1982年にカナダの交通心理学者ジェラルド・ワイルドが提唱した考え方。自動車の安全性を高めても、ドライバーは安全になった分だけ利益を求めて危険性の高い運転をするため、結果として事故が発生する確率は一定の範囲内に保たれるとする理論。
 例えば、自動車の安全機能が強化され、これまで50km/hで走っていたときの事故率(リスク)が低下し、60km/hで走った時と同じだと判断された場合、ドライバーは利益(時間の短縮)を求めて60km/hで走るようになる。そのため、どれほど安全機能を強化しても、事故率は変わらないと指摘する。
 確かにそうかもしれない。アイスバーンになった道路をやむなくノーマルタイヤで走るドライバーは極めて慎重に、ゆっくりと運転しているが、スタッドレスタイヤに履き替えた瞬間、速度を上げて気楽に走り出す。

2 同理論の主旨
 リスク・ホメオスタシス理論については、「車の安全機能の強化も道路改良も交通安全運動も事故の減少に効果はなく、無駄だとする理論」だと説明されることがある。そのために誤解を招き、批判されたようであるが、その本旨には極めて有益で傾聴すべき指摘がある。
 簡単に説明すれば、安全機能の強化、道路の改良、そして交通安全運動の効果をより高め、継続的に事故を減少させていくためには、何よりも「ドライバーの意識の変化」が必要なのだとする考え方であり、決して安全機能の進化や交通安全運動を無駄だと冷笑しているものではない。

3 安全機能の効果
 安全機能の効果を決めるのは、新しい安全機能を「安全」に使うか、「利益」に使うかというドライバーの判断であり、その人の考え方次第であるとする。
 つまり、交通事故を減らし続けるためには、何より安全な交通環境を求めるドライバーの意思が必要であり、そのためには、時間の利益よりも安全性を重視する考え方を持つことが不可欠だと指摘する。
 したがって、安全機能の強化や道路改良のみならず、どのような交通安全対策であっても、ドライバーが許容している危険性のレベルを変える、ドライバーの意識をより安全な状態を求めるように変化させる対策でない限り、長期的には事故率が元の水準に戻ると予測している。

4 課題の克服 ~ 誇り
 多くのドライバーの安全運転を支えているのは、その人の安全に対する価値観である。安全運転とは他人に対する配慮であり、人としての誠実さである。そして、それを誇りとして支えているのはその人の仕事であり、家庭である。
 つまり、誇りを持てる仕事がその人を支え、家庭を支え、安全運転を支えている。そして、それぞれの会社・事業所が将来に向けて事故を抑止し、社会に貢献する役割を果たしていくためには、社員それぞれが誇りを持ち、誠実であることが尊重される職場、会社・事業所であり続けることが必要なのだ……。
 ワイルド氏の理論を私はこのように理解している。

※ リスク(危険可能性)・ホメオ(同一の)スタシス(状態)を直訳すれば、「危険性同一性」とか「危険性の恒常性」という意味になる。