何故、歩行者保護なのか?

2020年 4月号

 歩行者保護運転への取り組みが強化されて5年ほどになる。警察による横断歩行者妨害違反の重点的な検挙活動に加え、会社・事業所や地域の交通安全活動においても歩行者保護運転が重点活動として取り組まれている。
 こうした活動により、愛知県下の歩行者の交通事故、そして横断中の事故は5年前(平成28年)と比較して約30%も減少した。何よりも、子どもが被害者となる交通事故が46%減少、ほぼ半減したことは大きな意義がある。
 しかし、歩行者保護運転への取り組みが成果を見せている今こそ、歩行者保護の必要性、その重要性について、もう一度考えておく必要がある。例えば、道路交通法で定められているからとか、欧米諸国と比較して歩行者の事故が多いからと簡単に説明し、片付けてしまうのではなく、歩行者を保護する運転行動が今日の私たちの社会、交通環境の中でどれほど大切な課題であるかについて慎重に考えておかなければならない。
 決まっているとか、当たり前だと片付けてしまうのでは、人の心に「覚悟」は生まれない。覚悟がないからわかったつもり、やっているつもりになっているだけで、実は何も変わらない、変われないままでいる。私たちが何かを変える、私たちが変わるためには覚悟が不可欠なのだ。
 
 ところが、大半のドライバーは気楽にハンドルを握り、適当に注意しながら運転を続けている。そんなずさんな運転でも、事故を起こしたことがなければこの程度の運転で十分なのだと慢心する。そして、事故を起こした場合でさえ運が悪かったなどと言い訳をしたり、時には被害者を悪者にする。
 同じような運転をしていても事故を起こすことは稀であるが、稀であればこそ、これを避けることは容易ではない。
 
 高齢者は黒い服を着て横断歩道ではない場所を渡り、反射材も身に付けない。しかし、それが高齢者として普通の行動であるならば、その高齢者を発見して回避することがドライバーの義務であり責任なのだ。できない者(高齢者)に義務や責任を押しつけるのではなく、ドライバーが高齢者のできない部分を補うことによって事故を回避する。こうした支え合う社会、交通環境こそ、私たちが望んできた社会の姿であったはずである。
 目指すべき交通環境を明確に見据え、それに向けた的確な施策・対策の推進・継続が必要であるが、私たちが目指すべき交通環境とは「車が歩行者を守る交通環境」である。これを目指さない限り、人の命を守ることができないからである。
 
 子どもに「横断歩道を渡りなさい」と教えるのであれば、横断歩道は人が待っていれば車が止まる場所にしなければならない。現在のドライバーが止まらないのは、私たちが子どもだった頃、横断歩道で止まる車などなかったからである。人が止まり、車は止まらない交通環境で育ったからなのだ。
 現在では警察による取締活動が続けられ、多くのドライバーは検挙されないために止まる運転を続けているが、やがて止まることに慣れ、それが習慣になっていく。こうして運転行動が変化したドライバーが増えることによって交通環境そのものが変化する。そして、横断歩道で車が止まる環境で育った子どもたちが成長して免許証を取れば、彼らは最初から止まるドライバーになり、これまでにはなかった新しい交通環境が創出されていく。
 自動車の安全機能が急速に進化している現代こそ、私たちドライバー自身の力で「車が歩行者を守る」新しい交通環境を創り上げ、交通事故をなくしていくことが必要である。歩行者保護運転とは、そのための最も基本的な、何よりも大切な運転規範なのだ。(2022年11月1日補正版)