何故、歩行者保護なのか?

2020年 4月号

 歩行者保護運転への取り組みが強化されて5年ほどになる。
 警察による横断歩行者妨害違反の重点的な検挙活動に加え、会社・事業所や地域の交通安全活動においても歩行者保護運転が重点活動として取り組まれている。
 その結果、愛知県下の歩行者の交通事故は、5年前(平成26年)と比較して約20%も減少し、横断中の事故も約16%減少した。特に最近は活動の積み重ねによって抑止効果が拡大しており、昨年はわずか1年で歩行者の事故が約12%、横断中の事故は約15%も減少した。
 このように、歩行者保護運転への取り組みが成果を見せ始めた今こそ、歩行者保護の必要性や重要性についてもう一度考えておく必要がある。
 例えば、道交法で定められているからとか、欧米諸国に比較して歩行者の事故が多いからと片付けてしまうのではなく、歩行者を保護する運転行動が今日の私たちの社会、交通環境の中でどれほど大切な課題であるかについて考えておかなければならない。
 決まっているとか、当たり前だと片付けてしまうのでは「覚悟」が生まれない。覚悟がないからわかったつもり、やっているつもりになっているだけで、実は何も変わらない、変われないままでいる。何かを変えるため、変わるためには覚悟が不可欠である。
 
 ところが、大半のドライバーは気楽にハンドルを握り、適当に注意しながら運転を続けている。そんなずさんな運転でも、事故を起こしたことがなければこの程度の運転で十分なのだと慢心する。そして、事故を起こした場合でさえ、運が悪かったなどと言い訳をしたり、時には被害者を悪者にする。
 同じような運転をしていても事故を起こすのは稀であるが、稀であればこそ、これを避けることは容易ではない。
 高齢者は黒い服を着て横断歩道ではない場所を渡り、反射材も身に付けない。しかし、それが高齢者として普通の行動であるならば、その高齢者を発見して回避することがドライバーの義務であり責任なのだ。できない者(高齢者)に義務や責任を押しつけるのではなく、ドライバーが高齢者のできない部分を補うこと、こうした支え合う社会、交通環境こそ、私たちが望んできた社会の姿であったはずである。
 目指すべき交通環境を明確に見据え、それに向けて必要な施策・対策を講じ、継続していくことが必要なのだ。そして、私たちが目指すべき交通環境とは「車が歩行者を守る交通環境」であり、これを目指さなければ人の命を守れないからである。
 
 子どもに「横断歩道を渡りなさい」と教えるのであれば、横断歩道は人が待っていれば車が止まる場所にしなければならない。現在のドライバーが止まらないのは、彼らが子どもだった頃、横断歩道で止まる車など考えられなかったからである。
 現在では取締活動が続けられ、多くのドライバーは検挙されないために止まる運転を続けているが、やがて止まることに慣れ、それが習慣になっていく。こうして運転行動が変化したドライバーが増えることによって交通環境は変化し、横断歩道で車が止まる環境で育った子どもは最初から止まるドライバーになり、新しい交通環境が創出されていく。
 
 自動車の安全機能が急速に進化している現代こそ、私たちドライバー自身の力で「車が歩行者を守る」新しい交通環境を創り上げ、交通事故をなくしていくことが必要であり、歩行者保護運転とは、そのための最も基本的な、何よりも大切な運転規範なのである。