約束とコンプライアンス(その2)

2019年 5月号

4 部下に向けて
 約束の時間を守ることはもちろん大事なこと。しかし、時間を守ることだけが常にお客様のため、会社のためになるとは限らない。約束の時間に行くことが仕事なら、そこまで車を運転して行くことも仕事なのだ。だから、約束の時間を守るために速度違反をしても構わないとか、事故さえ起こさなければいいという考え方は間違っている。
 うちの会社の行動指針にコンプライアンスがあるからではなく、もっと基本的なことを大事にすべきではないのか。つまり、その行為が法令に抵触するか否か、検挙されるか否かを考える前に、もっと胸を張って仕事をするということ、いつ、誰から見られても恥ずかしくない仕事をすべきではないのか。
 つまり、約束の時間に遅れそうになった時にすべきこととは、車のアクセルを踏み込むのではなく、ブレーキを踏むことだ。そして、素直に詫びることなのだ。

5 Bに向けて
 そんな説教をした私が約束の時間を守れない失敗をしたのですから、それ以上のミスである言い訳や、まして速度違反をすることなんてできません。
 もし、弊社の中で、速度違反をしてでも約束を守ることが成功体験として伝えられ、それが容認されるようになれば、弊社は約束を守るための事前準備を怠るようになり、いつか誰かが事故という結果を引き起こすことでしょう。何より、違反をしてでも事故さえ起こさなければいい、検挙されなければいいという、コンプライアンスの本質からかけ離れた意識が蔓延してしまうことで、会社の風土、体質は取り返しのつかないほど悪化してしまいます。
 そうならないためには、何が本当に大切なことなのかをきちんと考えて実践することだと思っています。お客様にとって大切なことは弊社にとっても大切なことであり、それは同じになるはずだからです。
 それが、私にとっては、いつ誰に見られても恥ずかしくない仕事、胸を張ることのできる仕事をしよう、ということなのです。言葉にすれば、コンプライアンスなのかもしれませんが、法令を守るという個々の行動評価ではなく、それが私にとっての行動規範なのです。

6 Bの思い
 Aは、コンプライアンスについて、法令を守るという個々の行動評価ではなく、より本質的な行動規範を考えている。そして、見られても恥ずかしくない仕事、胸を張っていられる仕事をしたいと言っていた。あたかもそれは、仕事の範疇にとどまらず、人として生きていることの責任を果たそうとするAの決意であるようにも聞こえた。守らなければならない約束とは、時間や個々の法令だけではなく、もっと大切なことなのだと、Aに教えられた気がした。
 「仕事のために急いでいれば、交通違反は仕方がない」などとうそぶく者にコンプライアンスを語る資格はない。そんな者は幹部に登用しない、そんな相手とは取引をしない、……。Bは、自分の会社をそんな会社にしたいと思った。安全運転に努めるという当たり前のこととは、人の命を守ることであり、それはすべてに優先する、人として果たすべき当然の責任のことなのだ。