警察官が交通違反を取り締まる理由、それは交通事故を減らすために違いありません。しかし、どんな違反をどのように取り締まるとどんな交通事故がどのように減るのを考えて取締計画を立てていきます。警察は、取り締まることが仕事なのではではなく、それによって交通事故を減らすことが仕事だからです。
ドライバーは取締りを受ける立場ですから、その理由なんて考えても仕方がないと思うかもしれませんが、それを考えることで違反をしないことの価値が見つかるかもしれません。
違反しないことの価値、一般的には反則金という金額と処分点数ということしか思いつかないかもしれませんが、そこにはもっと大きな価値があるはずです。
運転中ののドライバーの意識、その大半は事故をしないように、そして検挙されないようにでしょう。つまり、交通ルールを守り、違反をしない運転を目的とするのではなく、事故さえ起こさなければ多少の違反をしても検挙されなければいいという考え方です。しかし、こうしたドライバーの意識が現在の交通情勢を形成し、その結果としてヒューマンエラーによる事故は減らず、死亡事故はなくなりません。
K警察署の署長は、将来的に向けて交通事故の総量抑制を図るためには、まずこうした現状に変化を与えなければならないと考えていました。そして、子供の事故が増えている管内の情勢を踏まえ、横断歩行者妨害という違反を継続的に検挙することで交通環境に変化を与え、子供と歩行者の事故を減らそうと署員に説明しました。
「子供に横断歩道を渡れと教えるのであれば、横断歩道は車が止まる場所でなければならない。そうした交通環境を作るのは大人の責任であり、警察組織の仕事であります。
横断歩道で待っていても車は止まってくれません。だから子供は横断歩道ではない近くの場所を渡り、事故に遭う。すると大人は叱る。「横断歩道を渡れって言っただろう!」それを聞いた子供は何を感じるか。「だって、横断歩道で待っていたって車は止まってくれないじゃないか!」という、大人に対する不満と反発です。
一方、車が止まってくれる横断歩道で育った子供は、横断歩道は車が止まるものと信じて育つ。そして十年後、小学校3年生だった子供は最初から横断歩道で止まるドライバーになります。
横断歩行者妨害という違反を市内全域で継続的に検挙することを通じて、横断歩道で車が止まる交通環境を確保し、将来の交通環境を変える。そのための活動なのです。」
途中、市民から反発もあった。「横断歩行者妨害という違反なんてこれまで馴染みがない。それが違反であることを知らないドライバーも多いのだから、いきなり検挙なんて厳しすぎる。最初は指導警告でいいのではないか。指導警告なら素直に反省できるが、いきなり検挙されれば市民の反発を招くのではないか。」
署長は答えた。「検挙しなければダメです。」
~ 以下、次号に続く。 ~