ありがとう

2022年 3月号

 友人が交通事故を目撃したと伝えてきた。
 12月の寒い日の夜、彼の前を走っていた車が人を撥ねた。彼は、動転して震えている運転手に代わって110番と119番に通報し、その場に居合わせた他の運転手と協力して交通整理を行ったという。
 「私が聞いてほしいのはこの後のことです」と彼は強調した。
 寒い中、警察官の到着を待つのはとても長く感じて辛かったのですが、やがてサイレンの音が聞こえ、パトカーが到着しました。そして、パトカーが止まるやいなや若い警察官が小走りに私たちに近づき、開口一番こう言ってくれたのです。「寒い中お待たせしました。ありがとうございます!」
 私はその言葉に感激し、嬉しくて寒さも忘れ、協力して良かったと本心から思いました。
 是非、あのパトカーの警察官にお礼の気持ちを伝えてください。できれば、彼らの上司にも、私の気持ちを伝えてほしい。
 
 翌日、私は所轄警察署の副署長に電話してその内容を伝えた。副署長は私の話を聞いて喜び、署員を誇りに思いますと声を弾ませた。ほどなくして、友人から連絡があった。「副署長から直接お礼の電話をいただきました。嬉しくてなりません」
 私は、別の警察署長に連絡する用事があったので、併せてその話を伝えた。彼は「いい話ですね。当署員も同じような対応ができるよう、この話を伝えます。ありがとうございます」と喜んだ。
 
 こうして、現場臨場した警察官のひとつの「ありがとう」が何人の人たちを喜ばせたことだろう。私の友人を筆頭に、その現場に居合わせて協力した人たち、その話を聞いた私、所轄の副署長、私からその話を聞いた別の警察署長、そして、副署長からお礼の連絡があったと伝えられるパトカーの警察官自身もその一人に違いない。彼は改めて自分の行動に誇りと喜びを感じるであろう。
 更に、その話は所轄警察署長も別の警察署長も部下職員に話をするに違いない。だから、その数はずっと増えるはずである。
 
 さて、片側1車線の道路を走行中、常に車間距離を空けて走行し、対向車線に右折車がいれば「どうぞお先に」と右折を優先させ、対向車線の渋滞を解消させるドライバーがいる。それを率先して実行している運送会社がある。
 私たちが車を走らせる道路は誰のものでもなく、みんなの道路であることを考えれば、互いに譲り合うことが大切であることなど言うまでもない。しかし、車間距離を詰めて我先にと走る車、信号が赤に変わっても交差点に進入して右折車を驚かせる車など、譲り合いにはほど遠いドライバーは少なくない。しかし、互いに譲り合うことで、私たちの道路を多くのドライバーが「ありがとう」の気持ちを持って走ることができるはずである。
 
 今、私たちが課題としている横断歩行者保護とは最初の一歩にすぎず、最終目標なのではない。最終目標とは、事故のない安全で快適な交通環境を創り出すことである。
 歩行者を保護すること、車が人を守る交通環境を創り出すことを最初の目標として取り組み、同時に私たちみんなの道路を譲り合って走ることによって交通事故を減らしていくこと。それが、交通事故を私たち自身の力で減らす何よりの方法である。
 ひとつの「ありがとう」が多くの人を喜ばせ、新しいたくさんの「ありがとう」を生み出すように、私たちドライバーは歩行者を守り、互いに譲り合うことを通じて、私たちドライバー自身の力によって交通事故を減らしていくことができる。自動車の安全性能が急速に進化している今日であればこそ、これが現代のドライバーとしての在るべき姿に違いない。