コーチ

2023年11月号

 こんな野球のコーチがいました。毎日の練習では「ヒットを打つんだ!エラーをするな!」と繰り返し、試合の前には「絶対に負けるな!」と檄を飛ばしています。そして試合に負けると、「チャンスの時こそヒットを打つんだ!エラーなんかするな!」「負けるなって言っただろう!」と選手たちを叱っています。
 そもそもコーチの仕事とは、選手個々の能力や性格に応じた指導を行うことです。ヒットを打つため、エラーをしないための技術的な指導を行い、精神面の強化を通じてチームワークを高め、本当に強いチームを作り上げることがコーチの仕事です。ヒットを打て、エラーをするな、試合に負けるなと、結果ばかりを求めるコーチなど即刻クビにしなければなりません。
 
 ところが、安全運転管理の現場では、しばしばこれに近いことが起きています。「速度を守れ。左右の安全を確認して運転するんだ。そして、事故するな」と繰り返し指示を行い、事故が起きると「事故するなって言っただろう!」と部下を叱る。そんな安全運転管理者も存在するようです。
 もちろん、その安全運転管理者に他意はありません。それが安全運転管理者としての仕事だと思い込み、自分なりに安全運転管理業務に取り組み、努力しているのです。そして、指示される部下も、交通事故防止とはそんなものだとあきらめています。
 安全運転管理とは、保険料を抑えるなどのコスト削減活動などではありません。社員とその家族を交通事故から守ることによって仕事に専念させ、業績を向上させ、生まれた利益を社員に再配分することを通じて会社の発展と社員の生活向上を図るものです。つまり、コスト削減などの部分的な利益のためではなく、会社組織全体の進化・発展に寄与する重要な基礎的活動なのです。しかし、このことが理解されないため、安全運転管理を行うことも安全運転を行うことも、双方がやらされ感の強い、気の重い仕事になっています。
 
 交通安全のイベントなどでも同様の傾向がみられ、イベントを行うことが目的になっていることがあります。
 イベントの冒頭で挨拶に立ったK警察署長は、思っていることを率直に発言しました。「皆さんがティッシュやチラシを配っただけで、事故が減ることなどありません!」
 会場の雰囲気が変わりました。「皆さんがティッシュを配っただけで事故が減るのであれば、明日から私は警察署の前に立ってティッシュを配ります。警察署長が自らティッシュを配れば、皆さんが配った以上の効果があるはずです。そうでなければ私は警察署長としての価値がないことになります」
 参加者の顔に笑顔が見えました。「どうか気楽に、もっと楽しい気持ちでティッシュを配り、笑顔で安全運転を呼びかけてください。皆さんの言葉の価値を量ることはできませんが、その言葉が無駄になることは決してありません。そして、安全運転をお願いしますと呼びかけた皆さんは、ご自分の言葉に責任を持ち、今日から3日間、これまで以上の安全運転をお願いします。100人の皆さんが3日間、これまで以上の安全運転に務めていただくことで、市内には安全運転のドライバーが増え、誰かの事故を防ぐことができるはずです」
 
 私たち人は、過失をゼロにすることなどできません。過失をゼロにすることを期待したり強制すれば、そこに無理が生じ、却って好ましくない結果を招くことになります。
 安全運転管理者とは安全運転のコーチであり、安全意識を共有することで、過失を事故に発展させない運転行動を習慣とさせることが課題です。そして、安全運転の価値を認め、共有することとは、自分や家族の人生を守り、誰かの命を守ることであり、それは私たちの社会を支える最も大切なことなのだと考えているのです。