約束とコンプライアンス(その1)

2019年 4月号

1 遅刻
 Aは真面目な営業マンであり、係長として若手からも信頼されている。営業活動は社用車で行っているが、取引先には常に約束の30分前に到着するように計画を立て、出発時には事故などによる渋滞状況も確認していた。そして、訪問先付近のコンビニで時間を調整し、5分前に受付で来訪を伝えることを習慣としていた。
 しかしある日、ウッカリ時間を忘れ、出発が35分も遅れてしまった。急いで車を走らせれば、ギリギリ間に合うかもしれなかった。多少の速度違反はしても検挙されるほどではないし、事故さえ起こさなければ大丈夫……、そんな気持ちもあったが、Aは車を止めて担当者のBに電話をかけた。「すみません。私のミスで出発が遅れ、約束の時刻から10分ほど遅れてしまいます。お時間、いただけませんか?」何も言い訳をせず、素直に詫びた。
 それを聞いたBは、「わかりました。15分、予定を下げておきます。あわてず、気をつけてお越しください」と、理由も聞かずに時間をくれた。

2 Bの対応
 Aは5分ほど遅れて到着した。受付で待ち受けていたBに遅刻を詫び、時間を調整してくれたことに感謝の気持ちを伝えた。
 Bは、愉快そうに話した。弊社の社長は、どんなに忙しい日でも、急な案件、お客様への対応のための時間として30分を空けています。私にその程度の時間が捻出できないようでは失格です。それにAさんはいつも5分前に受付にいらっしゃる。そのためには、30分ほどの余裕を持って近くまでお越しになり、時間を調整してみえるに違いない、そう思っていました。そのAさんが遅れるのであれば、余程思いがけないことがあったに違いないのに、一言もそんなことはおっしゃいませんでした。そんな誠実な方の気持ちにお応えしないわけにはまいりません。
 何よりも弊社は、CSR(企業の社会的責任)、CSV(共通価値の創造)、そしてコンプライアンス(法令遵守)を基本理念としております。それなのに、もし私が「約束の時間を守れ」とお伝えすれば、それはAさんに速度違反をして来いと唆していることになり、コンプライアンスを語る資格などありません。
 遅刻は、もちろんほめられることではありませんが、「何があったか」ということ以上に「そしてどうしたか」が問われる現代にあって、Aさんはできる限りの誠実な対応をされたのですから、弊社は御社との取引、私はAさんとの仕事を嬉しく思っています。
 ……Aは、この人、この会社に敬服し、この仕事を与えてくれている自分の会社にも感謝する気持ちを感じていた。

3 Aの話
 5分遅れで始まった商談は予定より早く終わった。無事に商談を終えたAは、話し始めた。
 実は先日、部下の若い社員が同じような状況になったことを話していたのです。彼は、約束の時間に遅れそうになったために車の速度を上げ、「仕事のために」速度違反をして何とか間に合った。そして、そこまでして約束の時間を守ったことを先方にもほめてもらったと嬉しそうに話していたのです。そして、それを聞いていた先輩社員は、「そうか、間に合って良かったな。しかし、事故にならないように気を付けなければいけないぞ」と応えていたのです。
 私は思わず口を挟みました。「それは違う。その考え方は間違っている」すると、二人は驚いたように私を見ました。

 ~ 以下、次号に続く。 ~