苦情

2021年 8月号

 警察本部の「苦情」担当課長であったとき、各警察署長に向けてメールを発信しました。
 
 ~ 警察署長当時、「苦情」として報告・決裁が上がってくると眉間に皺を寄せていました。苦情の多くは警察官のわずかな不手際に対する執拗な指摘が多く、それでも苦情を受理した警察署では事実関係について調査し、詳細な調査結果報告書を作成し、署長に報告して決裁を受け、警察本部では関係部長までの合議を得て、すべての苦情とその調査結果を警察本部長まで報告しています。そのために費やされる労力は大きく、いかにも不合理であるように思えたからです。
 しかし、警察本部、各警察署に寄せられるすべての苦情と調査結果報告書を読み、考えるうちに、少しずつ自分の考えが変化していきました。つまり、時間と手間をかけて苦情の背景事情を調査し、確認することとは、その申出者のためだけに行っているのではなく、むしろ、それ以外の人たちのために行っているのではないかと考えるようになったのです。
 苦情になった、不適切であったその警察官の言動とは、その申出人だけではなく、それ以外の人たちにも同じように繰り返されていたはずです。しかし多くの県民は、不満に思った気持ちを声に出すことなく我慢して黙っています。つまり、そこには多くの「聞こえてこない苦情」が存在していたはずであり、その苦情を処理するだけでは解決されない課題がそこにあるということです。
 県民の多くが不満を抱いているのであれば、それが聞こえてこないから存在しないのではなく、自らその存在を認め、いかに応えていくかが警察組織にとって重要な課題であるはずです。そして、こうした「聞こえてこない苦情」に応えるためには、何よりも「聞こえてきた苦情」について調査し、不適切な言動についてその本質を見極め、共有していくことが必要だと考えました。「聞こえてきた苦情」についてきちんと対応することとは、不満を感じても我慢している多くの県民へ対応することに他ならないということです。
 そして何よりも大事なことは、苦情の要因が関係警察職員の個人的な問題であるとは限らず、実は組織全体の問題であり、課題であることが少なくないということでした。
 「苦情」を受理することは、喜ばしいことではありませんし、事務負担も生じます。しかし、「苦情」を適切に受理し、対応していくこととは、「県民の期待する警察組織・警察活動」を実現していくために欠かすことのできない私たちの大切な仕事にちがいないと、今、私は考えています。 ~
 
 安全運転管理についても同じことを思います。
 ゼロを目指しても発生する交通事故に対して、ついドライバーを叱り、反省を促すことを優先してしまいますが、そこにドライバー個人の問題だけではなく、組織的な要因がなかったかを確認する必要があるということです。組織的な背景・要因があったとすれば、それを改めない限り、安全運転管理、事故防止活動はドライバーだけに負担を強いるものとなり、発展的な効果を期待することはできません。安全運転、その管理とは、ドライバーだけの課題ではなく、事業所全体・会社組織全体の課題だからです。
 そして、ドライバーの不満が聞こえてこなくても、その声を聞き取り、本当に安全運転の価値を理解・共有しているのかを確認する必要があります。 
 交通事故を防ぐことの大切さを共有できる職場、皆が前向きに交通事故防止・安全運転に取り組める職場環境を作り上げていくこと、これこそが安全運転管理の仕事なのだと、それがとても困難な課題であることを承知の上で、今、私は考えているのです。