警察の仕事、ドライバーの仕事

2023年 9月号

 警察の仕事、その内容と目的については、警察法第2条が「警察の責務」として定めている。わかりやすく通常の文章に置き直すと次のような内容になる。
 「警察は、人の命と身体、そして財産を守ることを任務とする。そのために犯罪の予防、鎮圧、捜査、犯人の逮捕、交通違反の取締などを行い、社会の安全と秩序の維持を仕事とする」
 つまり、警察の仕事とは「人を守ること」であり、その「人」とは現在の人、かつ、将来の人のことである。そして「人を守る」とは、命を守るだけではなく、その心も体も守るということである。
 
 さて、警察官が交通違反を取り締まるのは、交通事故を減少させ、安全で快適な交通環境を創り上げるためであり、それを実現するために必要とされる警察活動のひとつが交通違反の検挙である。
 つまり、交通違反を検挙することそのものが警察の仕事なのではなく、違反があるから検挙するだけではない。
 
 その昔、歩行者保護を掲げ、横断歩行者妨害違反の検挙活動を始めた頃、各方面から大きな批判を受けた。多くは「馴染みのない違反をいきなり検挙するというのは市民の理解を得られない。指導警告で十分だ」という指摘であった。
 ご指摘のとおり、指導警告で交通環境が改善され、安全な交通環境が築かれるのであればそれが正しい。検挙する必要などない。
 しかし、指導警告によって運転行動を変化させるドライバーは僅かである。一方、検挙されたドライバーは、検挙されたことに不満や反発を感じながらも繰り返し検挙されることを避けるため、自分の運転行動を変化させ、止まるようになる。そして、友人・知人にも検挙されないように警告する。
 こうした、他のドライバーを含めた変化の全体が検挙活動の効果である。指導警告を繰り返すだけでは、多くのドライバーの運転行動を変化させることはできない。検挙活動によって初めて実現可能となる。
 そして、歩行者保護が実現した10年後には、横断歩道で車が止まる環境で育った子どもがドライバーとなる。彼らにとっては止まることが当然であり、最初から止まるドライバーが誕生する。すなわち、取締を必要としない交通環境の誕生である。
 そして今、そのために必要な警察活動が検挙活動であるならば、検挙活動とは警察の果たすべき役割、警察の仕事(義務)なのだと考えた。
 
 この対策によって、歩行者、横断中の事故は減少傾向を示した。しかし、やがて反転増加する時が来る。その時、警察は何を考え、どのような方針を示すのか。事故が増加したから歩行者保護の効果がなくなったと方針転換するのであろうか。
 過去、歩行者保護は50年以上も放置されてきた。ならば、それを改善するためには最低10年という時間を覚悟すべきではないのか。10年間とは、ドライバーが歩行者保護を運転の習慣とするための時間であり、小学生がドライバーになるまでの時間である。
 それは無駄な10年間なのではなく、私たちの社会が変化するために、過去のどの時代にも実現できなかった新しい安全な交通環境を実現するために必要な、大切な時間なのだ。
 歩行者保護という課題は、一時の増減に左右されるべきものではなく、時間をかけてでも克服すべき最も重要な課題である。
 そして、歩行者保護を最優先とする交通環境を実現することによって、私たちは死亡事故ゼロという目標を実現可能な現実のものとすることができる。
 ……それは、警察の仕事であるだけではなく、私たちすべてのドライバーにとっても大切な仕事なのだと、私は考えているのです。