走るためのブレーキ

2023年 4月号

 ブレーキの機能、役割とは、止まることである。しかし、随分前に「ブレーキは走るためにある」という話を聞いた。
 自動車は走ることが基本的な機能であるが、止まることができるからこそ走ることが許される。つまり、ブレーキとは走るための装置なのだ……。そんな説明だった。
 たしかに、私たちは走ることに注意を奪われ、いかに走るかを考えてきた。事故防止対策ですら、事故を防ぐための走り方を指導してきた。
 
 自動車本来の姿とは、安全で快適で便利な乗り物のことである。人や物、そして幸せを運ぶための乗り物である。決して人を傷付けたり、幸せを奪うために生まれたものではない。こうした自動車本来の姿、その機能を取り戻すためにも、止まることが大切なのだ。
 自動車も自転車も歩行者も道路を使う。みんなの道路であればこそ、譲り合って大切に使わなければならない。みんなの道路を走るために、私たちドライバーは止まることから始めるべきだ。ブレーキについて考え直すことによって、事故防止という課題を明確にすることができる。
 例えば、ただ漠然と眼前の道を歩き続けるだけで富士山頂に到達することはない。富士山頂を目指すためには、調査を行い、装備資機材を準備し、実現可能な計画を立案し、これに基づいた行動が不可欠である。
 ただ漠然と、事故するな、気をつけろ、注意しろと繰り返すだけで事故を減らすことなどできない。止まることについての理解と共感、そして支持を得られなければ事故は減らない。
 事故ゼロという山頂を目指すためには、社員の運転実態を確認し、必要な改善事項を整理し、実現可能な計画を示し、これを実現することを共通の目標として取り組むことが必要である。
 管理者とは、指示事項を伝えることが仕事なのではない。目標を達成するための道筋を示し、事故ゼロという山頂に向けた歩みを部下職員と共に、着実に進めていくことが仕事である。
 山に登るがごとく、その過程は常に上り坂とは限らず、時に遠回りすることも避けられないが、それに一喜一憂せず、着実に目標を見据えて歩き続ける覚悟が必要である。
 
 平成が終わる頃から、ようやく私たちは止まることを意識し始めた。歩行者保護を考えたとき、歩行者が待っている横断歩道の手前で止まることの大切さを考えた。それは、道路交通法で決められているからではない。そうしなければ人の命を守れないからである。
 次に、一時停止場所では、まずは停止線の手前で止まることを課題とした。一時停止場所とは左右の安全を確認する場所ではない。出合い頭の事故を半減させるためには、左右の安全を確認する位置ではなく、まずは停止線の手前で確実に止まることが必要なのだ。
 更に、幹線道路から路外施設(コンビニ、ガソリンスタンド等)へ入るためにしばしば歩道上を通過するが、その場合、歩道の手前も一時停止場所である。歩道の手前で止まり、歩道を走行してくる自転車等の有無を確認する必要がある。
 
 止まることから始めよう。制限速度とは、それを守るだけで無事故を保障するものではない。危険を回避できる速度、危険を察知した場合に止まることができる速度で走ることが必要である。現代のブレーキは、どれほど強く踏み込んでもペダルが折れることはなく、ABSによってタイヤのロックを防ぎ、ハンドル操作とブレーキによって事故を回避することができる。
 自動車は、止まることができるから走ることが許される。私たちが安全運転に努めることとは、走るためのブレーキを忘れないことである。